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Fランク大学に入って後悔している学生さんへ。

投稿日:2016-11-07 更新日:

Fランク化する大学

就活のシーンで、偏差値の低い大学のことをFランク大学と呼ぶ。

一流企業はもとより、中小企業でもFランク大学と呼ばれる下位ランクの大学生を、エントリー段階で足切りする企業は多い。

 

しかし「Fランク大学=偏差値が低い=ダメな学生が集まる大学」かといえば、そう一括りにすることはできない。

なぜなら、昨今は家庭の経済事情などにより浪人がゆるされず、不本意ながらFランク大学に入学する学生さんもたくさんいるからだ。

 

本書「Fランク化する大学」の著者は、東証一部上場の商社勤務経験後に大学教員となった(現在は教鞭を置いている)音真司氏。

 

Fランク大学の実態と大学や教員、大学制度そのものに対する提言、そしてFランク大学に入ってしまった真面目な学生がいかにして学問を修めるかの処世術が語られており、Fランク大学に不本意ながら入学してしまった志ある学生さんに、勇気を与える内容となっている。

 

すこしオーバーかもしれないが、人生を、ひいては命を救われる学生すらいるのではないかと感じた良著だった。

 

Fランクとは何か

2000年に、ある大手予備校が入試の難易度が最低クラスの大学に対して、「Fランク」という枠を設定したことがはじまりらしい。

Fには、Aランク、Bランクといったような格付の意味合いと、受験すれば誰でも入学できる(ボーダーフリー)の意味がある。

 

Fランク大学の実態

本書では、いわゆるFランク大学とはどのような大学なのか、その実例がいくつか取り上げられていた。

具体的にはこんな実態がある。

  • ヨーロッパを国の名前だと思っている学生がいる
  • 総理大臣の名前を答えられない学生がいる
  • 講義中に弁当を食べる学生がいる
  • タトゥーを入れている学生がいる
  • 講師にモップを投げつける学生がいる
  • 私語がひどく、前列で耳栓をしないと講義が受けられない

本題から外れるので割愛するが、本書では、こうした学生に講義を聴かせるために、筆者がとったユニークな工夫についても触れられていた。

また、不真面目な学生を放置する大学の体制やその原因。大学運営の裏側についても鋭い指摘がなされている。

 

その他、良い大学を見極めるポイントについても1章丸々使って解説されていたので、学生さんのみならず保護者の方にもぜひ目を通していただきたい内容となっている。

 

Fランク大学では、優秀な学生は孤立する

Fランク大学では上述したような、程度の低い学生が大半を占める。

そんな環境から、講義をする教員たちにも半ば匙を投げているものが多い。学生の私語がひどくても注意をせずに、淡々と抗議を「こなす」。

 

一方で優秀な学生は、常に教室の前のほうの席に座り、一人でじっと講義を受ける。1人で来て1人で聴いて1人で帰っていくのだ。

彼ら彼女らは周囲の学生とレベルが違い過ぎて、馴染むことができないでいる。

「親が地元の役場の職員なのですが、給料が安いから、とにかく浪人はできないと言われて。本当は地元の国立大学に行きたかったですが、落ちました。滑り止めでここに来ましたが、派手な感じの人が多くて、髪の毛もみな染めていて、講義中も私語ばかりで正直イヤです。いつも一番前の席に座って、ここの人たちとは関わらないようにしています。この大学には自分の居場所がないし、落ち着きません」

 

ちなみに、このコメントの主は3年次編入で、第一志望だった国立大学に合格したそうだ。

彼のように第一志望の大学に落ちてしまった結果、Fランク大学で孤立する者もいれば、入学後に周囲の学生の酷さを目の当たりにして、自分はこの人たちと同じになりたくないと「目覚める」学生もいる。

 

そんな真面目な学生たちを救う仕組みの一つが他大学への編入だが、実はFランク大学に在学したままでも事態を好転させられる可能性がある。

 

大学生活は、ゼミの選択によって180度かわる

不本意な大学に入り意気消沈している学生は、良いゼミに入ることで救われるという。

志を同じくする教授や仲間と出会い、ときには教員も交えて熱い議論を交わす。自分の知りたいことを突き詰めて研究する。ゼミでは、そんな大学本来の学びの醍醐味を味わえる。

 

Fランク大学であっても、その中にあって数少ない優秀な者が集うゼミに入ることができれば、立派に学問を修めることが可能なのだ。

また、ゼミによって研究内容の調査とその結果を教員やゼミの仲間に批判されることの反復を経て、物事を調べたり分析したりする一生モノの能力を身につけることもできる。

 

良いゼミの条件

酷いゼミだと、新聞記事をもとに簡単な議論をして終了するものや、10分程度教員と学生が雑談をして終了といったものもある。

企業と学生のコラボ企画にも注意、なのだそうだ。

新聞に取り上げられるなど話題性はあるかもしれないが、実質は開発した商品の販売をしただけ、といったような学びとは程遠い実態であることも少なくない。

 

本書には筆者なりの観点で、良いゼミを選ぶためのポイントが紹介されている。

  • 厳しい教員がいること
  • 能力・良い考え方・熱意のある教員が担当していること
  • 学生の自主性を重んじていること
  • 研究成果を発表する場があること
  • 学術論文を書かせていること

大きくはこの5つ。

それぞれについて、簡単にまとめてみた。

 

厳しい教員がいること

いい加減な教員のもとには、単位さえ取れればよいといういい加減な学生が集まる。

一方で、厳しい指導で学生を鍛える気概のある教員のもとには、自分を鍛えたいと考える意識の高い学生が集まっている。

熱心なゼミで出会った仲間は卒業後にも良い関係が続くことが多く、学びのみならず、一生の友人を得る機会にも恵まれる。

 

能力・良い考え方・熱意のある教員が担当していること

ゼミを受け持つ教員の役割は、学生の心に火をつけることである。

そのためには、プロフェッショナルとしての能力を持ち、熱意にあふれる教員でなければならない。

また、自分の知っていることをできる限り学生に伝えて、学生の将来のためになることをやってあげたいと思っている志の高い教員に師事することも大切だ。

教員のなかには、残念ながら自らの研究には熱心だが学生の指導には興味・関心の薄い者も多い。

 

学生の自主性を重んじていること

学生のモチベーションがともなってはじめて、教員の厳しい指導が活きてくる。

そのため、学生は自分の興味のあることを研究対象に選んだほうが良い。

研究テーマは、自分で見つけてこそ意味があるのである。

教員から一方的に与えられた課題では学生は熱くなれない。中途半端な熱量では、図書館にこもり切りになって資料と格闘するような、大学生ならではの濃い経験をすることがなかなか難しいのだ。

 

研究成果を発表する場があること

ゼミ内で研究を発表することで、学生は様々な批判を受ける。

「話が分かりにくい」といった枝葉の指摘から「その説を裏付ける証拠がない」「一般論を集めているだけ」といったものまで、様々な批判が寄せられる。

批判されるのも勉強になるし、他の人の発表に対して指摘することにも学びがある。周囲の仲間と切磋琢磨することで、夢中になって学ぶ貴重な機会を得られるのだ。

 

学術論文を書かせていること

自らが調査・研究した内容を1本の論文にまとめるかどうか。

論文の提出を必要としないゼミもあるようだが、それでは研究が血肉とならない。

また論文執筆により身につけた能力は、企業に入ったときに業務分析などのレポートを書く際にも生かせる一生使えるスキルとなる。

 

良いゼミの選び方

上述した条件をもとに、良いゼミか悪いゼミかを判断していく。

本書では、その具体的な方法についても書かれている。

 

受験前から情報収集する

受験生ならウェブサイトやパンフレット、オープンキャンパスで事前に情報を収集しておくと良い。

単に偏差値のみを判断基準にするのではなく、魅力的なゼミがありそうか、も判断軸とするのだ。

 

気になるゼミを担当する教員の講義を聴いてみる

入学後は1回生、2回生の間に、気になるゼミを担当している教員の講義を聴くことで、教員の熱意や能力を確認することができる。履修していない講義でも大教室の講義なら気づかれずに潜り込める。

 

いくつものゼミをまわる

ゼミの新規学生を募集するタイミングで、最初から1つに絞らずにたくさんの説明会に参加する。いくつものゼミを比較することで、雰囲気が自分に合うかどうかも含めて、その善し悪しがはっきり見えてくるようになる。

 

ゼミ紹介パンフレットを熟読する

大学により多少差はあるが、2回生の後期ごろに、ゼミが一覧紹介された冊子が配布される大学が多い。

 

ゼミによって合宿の有無や論文執筆の有無がわかれており、筆者は合宿も論文執筆もあるゼミへの参加を勧めている。そのどちらもが、学生を大きく成長させてくれる貴重な機会となるものだからだ。

熱心なゼミの紹介文には、研究計画や論文の執筆スケジュールなど、具体的な計画が記載されているケースが多く、ゼミ選びの目安にすることができる。

 

紹介文には「和気あいあい」や「飲み会で楽しく」のような、学生の心理ハードルを下げるような文言が書かれていることも多いが、そんな言葉に乗せられてはいけないと筆者は語る。

学生はつい優しい言葉が並ぶゼミを選んでしまいがちだが、楽しい活動はあくまで結果であって、それを目的にゼミに入るのは失敗の元なのだ。

 

 

筆者の音真司氏は、2011年から5年間、大学教員として教鞭を執った。

彼が教員の職を辞する決心をしたのは、一部社会問題にもなっているが、講師の給与がとても安くて生活していくのが大変だったからだそうだ。

このまま続けていたら、いつか自分も手を抜いた講義をするFランクの教員になってしまう可能性があったと、あとがきに書かれていた。

 

本文の端々から伝わる教育や学問に対する熱意もそうだったが、最後の一文にも、氏の実直な人柄がよく表れていた。

1人でも多くの学生が自分の入った大学に満足し、学問の面白さに目覚めて、笑顔で卒業していくことを心から願っている。

 

教員を辞した後、音氏は起業した会社に注力していくわけだが、教員の多くは彼のようにビジネスで成功するセンスがあるわけではない。

教育者としての志を保ち続けることは至難なのだろう。

 

こんな世の中だからこそ、学生や保護者には、「大学教育というサービス」に対する、いち消費者としての厳しい目を養うことが求められている。本書は大いにその助けとなるはずだ。

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